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共通テストの国語(16) そもそも国語の択一式って…②

2023年10月8日 勉強方法

(2022/12/24執筆)寒波の中のクリスマスイブ。きっときみは来ない。

先日からの豪雪、日本海側の皆さんは大丈夫だろうか。該当する地方の皆さんは気をつけてくださいね。

受験生にはクリスマスイブも、なんか実感薄いやね。

さて「早く選択肢の絞り方をやりやがれ!」と寄席の客から野次られるような気はするが、わたくしQ氏、はからずも溜まりに溜まった日ごろのうっぷんを爆発させるタイミングを迎えてしまったらしい。今回も、国語の択一式試験を盛大に批判させてもらおうと思う。

国語講師、特に「論理国語(なんだよ、それ。言いたいことは分かるが)」でなくブンガク的感性を重んじたいQ氏をはじめとする講師に言わせると、国語の択一式問題は結局「法学部志望者に有利」或いは「法学の試験に合わせた形式」に見えるのである。

実際に法学系の資格試験では、司法試験やその予備試験の論文式など重厚なものを除けば択一式の比重が大きいが、どの試験も、みな共通テストの選択肢みたいな「間違い探し」の羅列のようである。

(某・元内親王の配偶者の方の問題でクローズアップされたが、日本の司法試験やその予備試験のメイン部分は長大な論文式で、難易度は世界的に見てもかなり高いのではないかと言われる。そういう試験を突破する日本の法曹の実力は高いんだろうな…と感心するばかりだが、そういう「メチャクチャ本格的な試験」というのは、日本の各種試験の中では本当に少ない。)

もちろん法律の学習や実務の必要性についてはQ氏にも異存はないが、言語力の最高の発現は「詩」であると考えるQ氏にとって、ただただ実用一辺倒の法律の文体の解読を国語の学習目標に据えられるのは、芳醇な香りをもつ最高級ワインを目の前でフライパンにドボドボ注がれ、料理酒として使われるような心の痛みを伴うことがらである(しかもハンバーグソースとかに)。ミラボー橋はただの橋。あーあもったいなや…。

文学的感性や表現力を見たいのなら、作文を書かせたり、鑑賞文を書かせたり、実際に短歌や俳句を作らせたりすればいいのだが、けっきょく、国語の1次試験をそういう方向に改革しようなどという意見は、絶対に出ない。最終的には小論文とかでやれるから、1次には別に出なくてもいいのだが、割り切れなさは残る。

古文を読めば分かるが、平安時代は和歌が詠めるかどうかで出世が決まったのですよ。Q氏には、そういう制度を軟弱だとか、内向きだとかは決めつけきれない。言語能力の高い、情操豊かな人が政治中枢にいる。そのことに、なんの悪いことがあろうか。

どうも日本史を見ていると、平安貴族が鎌倉武士に敗れて以来「体育会系=正義」の構図が定着したように思えてならない。が、受験生諸君もご存じの通り、古文にしばしば出てくるのは「武人なのに、見事な和歌を詠む人」を称賛するエピソードである。支配階級に成りあがりつつあった武士に対する貴族のコンプレックスの表れでもあろうが、以後の日本社会の「和歌の詠めない、ただのDQN(あ、言ってしまった)」を称賛する価値観には、Q氏もとことん違和感を持っている。その姿勢は武家政権と昭和軍閥とを経て、いまに至っているのではないかと思う。Q氏としては、旧陸軍のお偉方のように、言語を択一式の「論理国語」の領域のみに閉じ込めてしまう能吏的発想には、今後もとことん抵抗しつつ、残りの人生をサーフィンしていきたいと誓う次第である。

今や大学入試では、2次試験でも「小説」そのものを出題する大学が激減。京大文系はまだまだがんばっているが、東大文系も出さないのだから、大学入試で小説の出題は「オワコン」。ブンガク的感性の計測は、和歌も出題できる古文問題に融合させようという傾向が、入試全体で顕著である。古文漢文を課さない私立大学では、出題本文を純粋な評論ではなく、著者の感性が垣間見えるエッセイで「しのぐ」場合が多い。

こんな風に、国語の試験が「論理国語」一辺倒になり、それと軌を一にして、姑息なアラ探しのような力をひたすら要求する択一式に落ち着くのは、がんらい非常におかしな話である。中学校の定期テストだって記述式である。もちろん、受験生の解答のしやすさを重んじて択一式の問題を設定すること自体は構わないが、択一式は全体の配点の30%程度に抑えるのが、どのような目的であっても、国語の試験の「作法」ではないだろうか。

それをやろうとしてもできない…というオトナの事情から、大学入試センターが共通テストでも択一式問題の作成力をひたすら磨いているのには、Q氏は批判的どころか、大いに同情的である。だが、やはり共通テスト国語の問題形式には、どうしても吐き気を抑えられない。毎年、試験実施翌日の新聞で問題を見ながら、口を押さえてトイレに駆け込んでいる。

このような「アラ探し能力」は法律実務家には絶対に必要だろう。だが、共通テスト国語の問題形式を見ただけで、日本がいかに「医学部と法学部重視」の大学モデルから脱していないかが分かろうというものだ。医学部受験生諸君は、もともと医学部志望だからあまり実感していないかもしれないが、「理系なら医学部、文系なら法学部」といって他学部を馬鹿にしまくる、なんか昭和を飛び越えて明治のガンコ爺さんみたいな価値観に染まった、マウンティング大好きなオトナ、今も多いんですよ。

諸君は気をつけて、将来そうならないでほしい。

Q氏は「理系なら数学と物理学、文系なら詩と哲学」と考えるのだが…だめかね。

けっきょくまた脱線してしまったので、次回から、本格的に選択肢の絞り方について考えてみよう。願わくは、諸君も手許に2021年度(令和3年度)共通テスト第1日程・国語の問題を用意しておいてほしい。

直近の過去問はあとに取っておきたい皆さんは、検討の仕方だけ付き合ってください。

では、アデュー。